top of page

離れたからこそもっと心は繋がる ひとりで過ごすことと、自粛期間の意味を考える 

Writer's picture: Mikino HasegawaMikino Hasegawa

ひとりで過ごすこと。

誰かの隣にいられること。


ひとりでいるのって寂しいなと思います。

誰かひとりでも心を開ける友達がここにいたらどんなに違ったんだろうと思うこともよくあります。


寂しさと共に過ごすようになり半年。

予想外の事態が重なり、なんとか耐え忍ぶことだけに必死な半年でした。

それは世界中どこもそうだと思います。ひとりで過ごす時間が増えた。時間があるのに人に会えないもどかしさをみんなが一緒に経験した。


ひとりで過ごす時間が増えたことでどんな変化があったか。


ちょっとだけ振り返りたいなと思います。


①大切な人を想う時間が増えた


寝る前に、大切なひとの無事を声に出して祈る習慣ができました。

これまでに一緒に過ごした景色を思い出すことが増えました。


次会えるときにはどんなに嬉しいんだろうと、帰国の瞬間を想像しただけで泣けたりします。帰国便に乗るときにはどんなにワクワクして、2年越しに顔を合わせたときにはどんな言葉を交わすんだろうとか、久々に食べる母の手料理はどんな味なんだろうとか、そんなことばかり考えています。


顔を思い浮かべて、


今日は朝何かにワクワクして目覚めたのかな、

「良い1日だった」と1日を終えられているのか、

何かに少しでも笑って過ごせたのかな、

もしできたら、来年ここで会えないかな、とか。


そうやって声に出して寝ると、もしかしたらそうなるんじゃないかなとか、気が紛れるので。これは一緒に過ごしていたら、簡単に会えていたら、一生できていなかったかもしれないな。


②「ないもの」ではなく「あるもの」を


コロナのおかげで苦労したことも沢山ありますが、一方でその経験に感謝もしています。


いつ何が起こってしますかわからない。いつ何が最後になるかも、当たり前が消えるかもわからない。


「まあ海外に行っても、なんとかなるだろう、沢山ヨーロッパ旅行して〜動画作って〜友達作って〜家族や友達が夏には遊びにきてくれてどこか連れて行ってあげよう〜」とか漠然と考えてここへ来てしまった。「ひとりで家もなく、頼れる人も誰もいない、食料も買いに行けない。喘息で倒れても誰も助けてもらえない。病院にかかっても医療機関の仕組みもわからなければ言葉も十分に話せず、症状がちゃんと伝えられない。他国から来た人なんて、ICUが不足すれば見捨てられるんじゃないか。」そんな感じで、初めてリアルに「死」を考えてしまいました。日本に帰られる日が本当に来るのか、とんでもないときに当たってしまった、と。「もしかしたら次会うときには家族の誰かは・・・。」とか。


「いつか当たり前が消えてしまうなら、今あるものをとにかく大切にしよう」と。

「自分の挑戦、成長、そのための何かの犠牲。そういうものより、今会える人との時間をとことん大切にしたい。大切な人が元気でさえいてくれれば良い。」


願いや欲望がすごくシンプルに、「ないもの」を欲するより当たり前のように「あるもの」を大切にしたいと思えるようになりました。


すごく良い気付きだな、と思いました。

ここへ来る前はとても甘かった。この未来が見えていたらきっとここには来れなかった。そんな覚悟はなかったはずです。何が起こってもおかしくないんだ、と初めてちゃんと気付きました。これからの将来は、いろんなことに感謝ができるような気がします。


③ひとと寄り添うことこそが幸せ


街を歩けば当たり前に見かける、家族や老夫婦やカップル、友達と笑っている人たち。

初めの頃は、みんな誰かといるものだから、毎日一人ぼっちなことが悲しくなって、見るとつらいので外を出歩けないこともありました。


それが、今では見かけるだけで心がホッとするようになりました。

「新しい家族ができたら、こんな風になりたい」と空想しながら街を歩きます。

いつか大切なひととここへ来て、この運河沿いで夜を過ごそう、とか。

今はひとりだけど、今度は誰かと見る景色として塗りかえたい。


誰かが横にいることの幸せに気付きました。

手に入らなくなると途端に、やはり大切なものに気がつくものなんですね(笑)

きっと、この先それさえあれば、笑っていられるような気がします。

欲張ることなく、今が幸せと言えるような気がします。


④両親との関係


「ママ、あんたのことが心配で夜も眠れないって、あのとき言ってたんだよ。」


生活が落ち着いてしばらく経ったとき、おばあちゃんと電話した日に聞いた話。

全く素直じゃない、褒めてもらうこともほとんどないような母が、こうやっておばあちゃんに話していたらしいと聞いて。

こんなに想っていてくれていたんだ、と初めて気付きました。


「長い人生の中、今はツラいと思うことでも、辛くても乗り越えられた経験として思える時が来るさ。見えないけども、活躍してる人は大抵そうさ。」

「気楽に、気楽に、大丈夫、大丈夫」


学生の間、一度も家族に相談することのなかったような私が、親を頼るようになりました。

父からのこの言葉は、すぐに日記に。


両親を尊敬し、頼れるようになったことは、大きな一歩です。

 

コロナの自粛期間、今も通常通りとは行きませんが、できないことが増えた中で、色んなこととゆっくり向き合える時間になったような気がします。

きっと、こんなことでも起きなければ気づけないままだったかもしれない大切なことも、きっとひとりひとりにあったんじゃないかと。


当たり前はこんなにも簡単に、儚く変わり果ててしまうものなのね。

後悔しないよう、大切にしないとね。


これからは、もっと人に感謝できるようになると思う。

どんな経験にも感謝です。


一緒に、周りと、強くなっていけたら。



53 views0 comments

Comments


©2022 by Mikino Hasegawa. 

bottom of page